2018年11月12日月曜日

鉄筆通信72

書店注文書「鉄筆通信」を更新しました。
「東京人」12月号に早稲田ラグビー100周年の特集記事。秩父宮ラグビー場では藤島大さんのラグビー小説『北風』サイン会。そして2019年はラグビーワールドカップ日本開催。都内某書店ではすでにラグビー本フェアが開催されている模様です。
詳細はこちら → 鉄筆通信72

2018年11月5日月曜日

ラグビーシーズン到来

今季初観戦は11月3日のジャパン対NZ代表・オールブラックス戦(味の素スタジアム)。
NZの2軍相手とはいえジャパンの5トライは快感。2軍から69失点には疑問符。それにしても接点でボールを獲られ過ぎました。そしてNZの逆襲からトライの連続……。攻めても攻めてもボールを獲られるのはなぜ? 来年のワールドカップ本番では、大丈夫だろうか? 複雑な気分のまま帰路につきました。

11月4日は秩父宮ラグビー場で早稲田VS帝京。チケット売り場前で藤島大さん『北風 小説・早稲田大学ラグビー部』のサイン会が。もちろん並んで買いました。試合の方は、早稲田28-45帝京。前半0-28だったから良く挽回したといえなくもないですが、FWで圧倒されてスクラムトライも複数献上。大学選手権までに、果たして修正できるのだろうか?

「東京人」12月号に早稲田ラグビー100周年の特集記事を発見。
(他特集に「神宮外苑物語」、「杉並・上井草のまちと共存する」、「本屋は挑戦する」などあり)
帝京大学の一強時代が続いてますが、相手がいてこそのラグビー。早慶明ほか古豪やライバル校の奮闘に今年も注目しています。

2018年10月17日水曜日

新しい『翼』POPの提案

「鉄筆通信」を更新しました。
新しい『翼』POPのご提案です。
青山ブックセンター本店では、8月、9月の文庫ランキングで『翼』が上位にランクイン(8月はなんと小説部門で1位!)。その青山ブックセンター本店がデザインした綺麗なPOPをお借りしました。効果絶大のこのPOPを使って『翼』をさらにご増売ください。
鉄筆通信71



2018年9月25日火曜日

文庫ランキングで『翼』が2位に!3位に

「鉄筆通信」を更新しました。
『翼』が女性客に良く売れています。
今月の「鉄筆通信」では、2書店の文庫ランキング(8月期)を紹介しました。
① Book+カレッタ汐留店……第2位
   (5月5位、6月5位、7月3位、8月2位)
② 青山ブックセンター本店……第3位(小説部門では1位)
着実に売れ続ける既刊本です。
また、梅原潤一さん制作の「翼POP」について掲載された「文化通信」の記事全文も紹介しています。


2018年9月14日金曜日

文化通信に『翼』躍進の記事掲載

新聞・出版業界紙の「文化通信」に、白石一文『翼』と翼POPの記事が掲載されました。
同紙編集長が、『翼』とPOPの一年半にわたる軌跡を詳細にレポートしてくれました。
感謝。
画像を拡大して、ぜひお読みください。


2018年8月31日金曜日

「鉄筆通信」を更新しました。

書店専用注文書「鉄筆通信」を更新しました。
「文化通信」の星野編集長がご来社。『翼』と翼POPの一年半の軌跡を取材されました。
9月の「文化通信」で紹介されるとのこと。有難くうれしい応援です。
「鉄筆通信69」

2018年8月24日金曜日

「9条に込められた魂」を継承するために

 9条の発案者と言われる幣原喜重郎元首相。幣原氏は死の十日ほど前に、戦争放棄条項を作った事情や、9条立案に至る思想・哲学を、側近であった平野三郎氏(元衆議院議員)に語りました。平野氏はその証言を記録し憲法調査会事務局に提出。「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について」、あるいは「平野文書」とも呼ばれている証言録です。
 鉄筆文庫『日本国憲法 9条に込められた魂』には、その全文を収録してあります。今春、電子版の刊行に際して、平野氏の次女・平野冴子さんからご寄稿いただきました。一読して、強く平和を願う父娘の熱い気持ちが伝わってきます。これは電子版の巻頭に収めてありますが、今回、広く多くの方に読んでもらいたいと思い、ここに掲載します。「9条に込められた魂」を継承するためにも。


父・平野三郎が涙と共に語った平和憲法にまつわる秘密の話

 はじめまして。私は平野冴子といいます。昭和22年、1947年生まれの70歳です。まさにその1947年からはじまり、今も私たち日本人が日々お世話になっている「日本国憲法」についての、あるお話をしたいと思います。大事な、そしてちょっと面白いお話です。

 今から24年前に82歳で亡くなった私の父・平野三郎は、生前は政治の世界に身を置いていました。父は、第二次世界大戦中は中国に出征していました。共産党支持者だったためか早くから徴兵され、過酷な前線に派兵されたそうです。6年間ずっと戦地に居た後、敗戦翌年の昭和21年、1946年に帰国。その翌年に私が誕生したわけです。帰国後、父は政治家を志します。やがて岐阜県から衆議院議員として選出され、その後は岐阜県知事としても奉職しました。

 1964年、私は17歳になりました。多感でエネルギッシュな年頃です。私はビートルズを愛聴し、ラジオにはりついては歌い狂っての気楽な日々。そんな私に向かって、ある日、父が急に話しかけてきました。
「冴子ちゃん、あなた、シデハラさんという人を知っていますか?」
(我が家では、政治家の家庭にありがちな、他人行儀な会話が常でした)
「だれ? その人」
 と返すと父は、失望のまなざしで私の顔を見ています。そして、その夜に家族を集め、一世一代の大演説とでもいうような、父の告白が始まりました。

 それは、1947年頃に父が秘書として仕えていた、敗戦占領下中の総理大臣だった幣原喜重郎氏が亡くなる直前、父に語った、日本国憲法の9条にまつわる秘密の話でした。
憲法9条、即ち平和憲法、人類史上初の戦争放棄を掲げたそれは、アメリカの発案ではなく、無論押し付けられたものでもなく、幣原先生が自ら発案し、アメリカ側に提案したものであったのだと。
 父は滂沱の涙と共に語ります。
「幣原先生のお考え! 人類の未来、幸福、それらすべてを統合し、考えに考え抜き、マッカーサーを説得し、それを実現し、そしてその事をご自分の胸に長年秘め続け、亡くなる直前に僕に、僕ひとりに、打ち明けてくださったのだ!」
 声がもつれるほどに泣き、嗚咽する父を、「そんなこといきなり言われても……」と家族全員が呆気にとられて眺める様はまさに悲喜劇。それから父は、その話を毎夜のように語っては泣き、私たち家族はそのたび「またか」と聴き流してしまいました。

 しかし、平和憲法によってこの72年間、私たちは戦争のない国に住むことができたのだと、夫が、恋人が、我が子が、戦地に送られることもなく過ごせたのは憲法9条があったお陰なのだと、さすがに私も、30歳を過ぎる頃には理解できるようになりました。

 そして2017年の今、国会で「憲法改正」、しかも「9条改正」という話が出ています。何故でしょう? 現政権は何を考え、何を求めているのでしょうか。私は、それは「戦争への道」だと感じます。
 イヤです。ツライです。困ります。反対です。誰もが無事に、生命をまっとうして欲しい。どんなに難しくても、平和を守り抜く心を揺るがしてはならない。心の内で、そう何度も叫びます。
 70年前、そのために頑張り抜いたシデハラさん、そして家族にバカにされながらも、幣原先生の遺した平和憲法の尊さを毎夜のように切々と繰り返し語った父。二人の遺徳を讃えつつ、この拙文を〆たいと思います。

平野冴子(平野三郎・次女)